カミングアウト

某日 出勤する日が増えたので新しくシャツを買う。気に入っているスタンドカラーのシャツの色違い。以前は胸に取られていた前身頃の布地がストンと落ちる分、丈が長く感じる。最近体臭が気になる。

某日 テストステロン注射8本目。声変わりの記録を録音するのにも飽きてきた。

某日 これ以上先送りしても仕方がないと思い、夜、母親にショートメッセージを送る。名前を変えたこと、性別違和が理由であること、ホルモン治療をしていること、職場でも特に問題なくやっていること、今がこれまでで一番状態がよいこと(それはちょっとだけ盛った)。送信前にきょうだいに連絡、根回し。すぐに母から返信と着信あり。

「□□(父)は、知っていますか?戸籍は、自分一人にしたのですか?〇〇(私の同居人)さんとは、婚姻が出来るのですか?ホルモン療法?は、大丈夫なのですか?生理は無いの?心配になりますよ。」

「□□(父)と会って下さい。話をして下さい。」

その他、その他。最初の2通にだけ手短に返事をして寝る。

某日 目が覚めたらまだメールが来ていた。

「△△(私の新しい名前)は、悪くはないと思います。ホルモン療法は、発癌とかの心配はないのですか?毛深くなって、髭もじゃとかは、会うのに抵抗が有ります。外科的な処置は、危険を伴うので、怖いです。止めて欲しいです。〇〇さんと、結婚するとかは、無いのでしょうか?制度とか、詳しくなくて、すみません。それと、戸籍に、男と記載されるのでしょうか?これも、正直、抵抗有ります。先の話ですが、お墓は、▽▽(父方の姓)のお墓でも、大丈夫だと思います。理解が乏しくて、ご免なさい。」

その他、その他。一文ずつお答えしたい気もするが、しない。墓?

某日 乳頭縮小手術を受ける。日帰りで、手術室にすら行かずいつもの診察室で、雑談しながら執刀される。私はアホなので、この日は白いロンTを1枚で着ていて、帰路、出血して右の胸元が赤く染まってしまった。でも誰も「こいつ乳首切ってる」とは思わないだろうしな、と開き直って歩いた。病院の近くにおいしい中華料理屋を見つけた。いい天気だったので公園に寄った。

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某日 父に会う。母親は基本家から出ない。特にこういうときは必ず父親が派遣される。昔からそう。久しぶりに会った父は老いていた。人間は歳を取ると縮む。父はひとしきり自分の近況を話し終わったあと「△△さん(私)の仕事の契約はどうなってるの」と聞いてくる。以前と同じ仕事をしていること、今月から忙しくなることを伝える。それ以外に質問もなく、解散する。トランスについては何も触れてこなかった。腫れ物扱いとかそういうことではなく、ただ触れない。適応してるというより興味がなさそう。何の時間だったんだ。

帰宅後、母からメールが届く。私の仕事に関する的外れな憶測と絵文字が踊っている。ここでも移行についてはノータッチだった。父は私の変化について何も伝えず、ただ「元気にやっているようだ」とか言ったんだと思う。それでよしとする母もよくわからない。ともあれ何かの拍子にバレてえらいこっちゃになる可能性は消した。OK。もう終わろう。