自分が消えた?という記録

テストステロン注射を始めて約3ヶ月が経過した。効果は顕著で、体毛がはっきりと濃くなって、致命的に高かった声は半オクターブ以上下がった。たった今なんとなく喉を撫でたら、先週まで感じなかった喉仏が手に触れた。血液検査の結果も許容範囲なのでこのまま続ける予定でいる。

最近、1年以上前に通っていた地元の公営スポーツジムに登録し直した。テストステロンというドーピングの力を借りて、皆無な筋肉を少しでもつけたくて。ジムには初めて来たテイで新しい免許証を提示して、申込書類の性別欄は未選択で提出したら、何も言われず男子更衣室を案内された。

男子更衣室は怖い。自分の性別が「リード」されるのではないかと思う。実際にはその危険は一度も感じてないけど。女子更衣室は周囲を怖がらせてしまうのではないかと思って怖かった。当時は意識して、高い声で挨拶したりしていた。いずれにせよ、居心地は悪い。そして「移行」を経て、男女どちらも私にとっては異性だという確信を深めている。

着替えの際に極力体を見せないためにはどうしたらよいか悩んでいたら「家からウェアを着て行って、運動後は着替えずそのまま帰っちゃえば」とアドバイスをもらった。そんなこと可能か?と思ったら、可能だった。だって私にはもう胸がない。だから運動後の汗ばんだ皮膚に無理やりバインダーをつける必要がなく、汗が溜まる部位も少なく、Tシャツ1枚でも不安を覚えることはない。胸があったときはバインダーやインナーが必須で、汗だくで歩き回るのもはばかられていた、少なくとも私は。正直、楽すぎて驚いた。楽なのは、身体の形状だけの問題ではないと思う。ジム帰りの夜道を1人でフラフラ歩けるのはそういうことだ。

新しい体は、私を今までにない勢いで社会に馴染ませている。「移行」前にあった摩擦を一切感じなくなった。もちろんこんなにすんなり男性扱いされていることはとても幸運なことだと理解している。身長と元来の肩幅と骨っぽい顔貌も手伝って、「男性に見えるやや背の高い女性(?)」だった自分は、今は「やや小柄な男性」になった。

なんて生きやすいんだろう。ただただ楽。私の性別を「読んだ」赤の他人の「あっ」て顔を見て傷つかなくていい。「あの人、女だよ!」って街中で笑われることはたぶんもう、そうそうない。性別二元社会の中で、しかも男性として生きていけるって、こういうことだったの。ずっとこうやって生きてたら、仕組に当てはまらない感覚なんて一生理解できないな。私に良かれと思って「性別なんか関係ない」って言ってくれた人たちへ、性別はね、関係あるよ。

男性として扱われてトラブルやストレスは明らかに減った。一方で自分が抹消された感じがある。もっとeuphoricかと期待してたけどそうでもない。でも声変わりは嬉しいかな。こんなことを考えていると、まるで消えた摩擦の正体が私そのものだったみたいで妙だ。女性扱いされて、もう生きられないと思うより、ずっとマシではないのか。

女性として育てられた事実や女性として生きた期間や「紛らわしい」存在だったことを忘れはしないとは思うが、万が一忘れたら。かつての違和感や自分そのものが抹消されたと感じたことも忘れてしまったら、と思うと怖くて、記録のために今日この日記を書いた。